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研究概要(研究室ガイド)やプレスリリース・受賞・イベント情報など、マテリアルサイエンスの研究室により公開された情報の中から、興味のある情報をタグや検索機能を使って探すことができます。2種の細菌による新たながん治療へのアプローチ「AUN(阿吽)」を開発 ―免疫不全状態でも機能が期待されるがん治療に向けて―

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北陸先端科学技術大学院大学 筑波大学 科学技術振興機構(JST) |
2種の細菌による新たながん治療へのアプローチ「AUN(阿吽)」を開発
―免疫不全状態でも機能が期待されるがん治療に向けて―
【ポイント】
- T細胞やB細胞などの主要な免疫細胞に依存せずにがん細胞を攻撃する、新しいがん治療へのアプローチ「AUN(阿吽)」を開発
- 免疫機能が低下した状態でも抗腫瘍効果が期待される
- 社会実装に向け、スタートアップ創業を視野に研究を推進中
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎教授の研究グループは、第一三共株式会社(代表取締役社長兼CEO・奥澤宏幸、東京都中央区)ならびに筑波大学(学長・永田恭介、茨城県つくば市)生命環境系の高谷 直樹教授らとの共同研究によって、2種類の細菌がまるで"阿吽の呼吸"のように精緻に連携しながら、がん細胞を選択的に攻撃するという新たな治療へのアプローチ「AUN(阿吽)」の開発に成功しました。 研究チームが用いたのは、"AUN(阿吽)"と名付けられた2種の天然細菌:腫瘍内に常在するProteus mirabilis*1[阿形(A-gyo)]と、光合成を行うRhodopseudomonas palustris*2[吽形(UN-gyo)]です(図1)。この互いに異なる機能を持つ2種の細菌が、それぞれの役割を果たしながら、以下の一連のプロセスを協調的に引き起こし、抗腫瘍効果を示すことが確認されました(図2にメカニズムの一部を提示)。まず、がん特有の環境に誘導されて、両細菌はマウス皮下腫瘍モデルにおいて腫瘍の血管やがん細胞を選択的に破壊。これにより、正常組織への影響を最小限に抑えつつ、がん組織だけを効果的に抑制する可能性が示唆されました。さらに、がんが産生する特異的な代謝物の存在下で、片方の細菌(A-gyo)は線維状の構造へと変化。この形態変化により抗腫瘍効果が一段と強化されることが判明しました。興味深いのは、経時的に両細菌の集団構成(ポピュレーション)も動的に変化し、最適な役割分担が自然に形成される点です。加えて、病原性を抑制しながら、重篤な副作用の原因となるサイトカインストーム*3の発生も回避できる可能性があるという点も特徴です。 本研究は、2種の細菌の持つ自然な"協調戦略"を巧みに活用することで、安全かつ効果的ながん治療の新たな道を拓くものです。今後、このメカニズムを応用した新しいがん治療法の社会実装に向けて、スタートアップ創業を計画しています。 本成果は、2025年8月5日にSpringer Nature社の発行するNature Biomedical Engineering誌のオンライン版に掲載されました。 |
【研究の背景と内容】
がん免疫療法は、1868年にドイツの医師Buschが細菌感染を意図的に引き起こしたがん患者の治癒例を報告したことに端を発し、1893年にはWilliam Coley博士が「細菌を用いたがん治療法」を提唱して以来、150年以上にわたり発展を続けています。Coley博士は「がん免疫療法の父」と称され、彼の遺志は現代の免疫チェックポイント阻害剤やCAR-T細胞治療へと受け継がれています。
しかしこれまで、細菌療法を含むがん免疫療法は「免疫細胞の力」が不可欠とされてきました。また、化学療法や放射線治療などの標準治療を受けたがん患者の多くが免疫不全状態にあり、このような状況では、免疫細胞の力が抑えられるため、効果が著しく制限されてきました。
本研究では、T細胞やB細胞などの主要な免疫細胞に頼ることなくがんを攻撃する、世界でも類を見ない新しい治療へのアプローチを明らかにしました。登場するのは、"AUN(阿吽)"と名付けられた2種の天然細菌:腫瘍内に常在するProteus mirabilis[阿形(A-gyo)]と、光合成を行うRhodopseudomonas palustris[吽形(UN-gyo)]です。この2種が"阿吽の呼吸"で共存することで、各種ヒトがん細胞を皮下移植した担がんモデルマウスに対して明確な腫瘍抑制効果を発揮しました(図3)。
そのメカニズムは極めてユニークで、まさに"阿吽の呼吸"のように2つの細菌が協調し、以下のような一連の現象を連携して引き起こします(図2にメカニズムの一部を提示)。
- 腫瘍血管とがん細胞の選択的破壊
- がん代謝物による阿形(A-gyo)の構造変化(線維状化)による抗腫瘍強化
- 細菌間の構成比率の変化による機能最適化(ポピュレーションシフト)
- 病原性の抑制と副作用の回避(サイトカインストームの軽減)
さらに、吽形(UN-gyo)は、阿形(A-gyo)と共存・混在することによって、両者の病原性を抑制しながら、がん細胞に対する特異的な毒性を高める"制御役"として機能する可能性があります。この2種の細菌が示す絶妙なバランスと相互作用こそが、腫瘍抑制効果の鍵となっている可能性があります。
【社会的インパクト】
この治療へのアプローチは、免疫不全状態にあるがん患者への新たな選択肢となる可能性があり、今後のさらなる研究と検証が期待されます。実際に、本研究では免疫細胞が機能しにくいマウスモデルやヒトがんモデルにおいても、細菌が自律的にがん細胞および腫瘍血管を標的として作用する様子が確認されました。このようなT細胞やB細胞といった"免疫細胞に依存しない"方法は、従来のがん免疫療法とは異なるアプローチとして注目されています。
また、本成果の社会実装を見据え、がん細菌療法の実用化に向けたスタートアップの創業準備も進行中です。150年以上前から構想されてきたがん細菌療法の概念に、新たな技術的進展を加えることで、その応用可能性を慎重かつ段階的に検討していく段階に入っています。
【論文掲載情報など】
本成果は、2025年8月5日に医学・薬学系ジャーナルのNature Biomedical Engineering誌のオンライン版に掲載されました。なお、本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究A(23H00551)、同 挑戦的研究(開拓)(22K18440、25K21827)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)(JPMJTR22U1)、同 大学発新産業創出基金事業 スタートアップ・エコシステム共創プログラム(JPMJSF2318)、同 次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING) 未来創造イノベーション研究者支援プログラム(JPMJSP2102)、公益財団法人 発酵研究所、公益財団法人 上原記念生命科学財団、本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターならびに第一三共株式会社の支援のもと行われました。
【論文情報】
掲載誌 | Nature Biomedical Engineering |
論文題目 | Tumour-resident oncolytic bacteria trigger potent anticancer effects through selective intratumoural thrombosis and necrosis |
著者 | Seigo Iwata1, Taisei Nishiyama1, Matomo Sakari1, Yuki Doi2, Naoki Takaya2, Yusuke Ogitani3, Hiroshi Nagano3, Keisuke Fukuchi3, Eijiro Miyako1* 1 北陸先端科学技術大学院大学 2 筑波大学 3 第一三共株式会社 |
掲載日 | 2025年8月5日にオンライン版に掲載 |
DOI | 10.1038/s41551-025-01459-9 |
【用語説明】
酸素の存在下および不在下の両方の環境で生存可能な腸内細菌科に属するグラム陰性桿菌(通性嫌気性菌)。運動性、鞭毛を有する数マイクロメートルの棒状の形態を有する。寒天培地上では、Swarming(群化)により独特の波状のコロニー(白色)を形成する特性がある。
酸素の有無に関わらず生存可能な通性嫌気性の紅色非硫黄細菌に属し、運動性のある数マイクロメートルの棒状のグラム陰性桿菌。また、バクテリオクロロフィルから成る光捕集タンパク質を介した光合成を行う。
サイトカインストームとは、体がウイルスや細菌などに反応して免疫物質(サイトカイン)を大量に放出しすぎることで起こる、過剰な免疫反応のこと。この反応が強すぎると、自分自身の体の組織を傷つけてしまい、重い症状や臓器不全を引き起こすことがある。
令和7年8月6日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/08/06-1.html次世代プロトン電池へ期待 ―多孔質MXene(マキシン)フィルムが高容量・高速充電を実現―

次世代プロトン電池へ期待
―多孔質MXene(マキシン)フィルムが高容量・高速充電を実現―
ポイント
- 次世代電池「プロトン電池」の鍵となる多孔質MXene (マキシン)フィルムを開発
- 素材の穴の量(細孔密度)を調整することで、従来を大きく上回る電池容量と充電性能を実現
- 長寿命でエコな電池づくりに前進、持続可能なエネルギー社会に貢献
北陸先端科学技術大学院大学 物質化学フロンティア研究領域のLinh Chi T. Cao大学院生(博士後期課程)、青木健太郎助教、長尾祐樹教授らは、タイ・タマサート大学シリントン国際工学部(SIIT)およびタイ・国立電子コンピューター技術研究センター (NECTEC)と共同で、再生可能エネルギーの普及や電気自動車の進化に伴い需要が高まる高性能エネルギー貯蔵デバイスの実現に向け、次世代型プロトン電池*1の鍵となる多孔質MXene*2,3アノード(陽極)の開発に成功しました。 本研究で開発された多孔質MXeneフィルムは、MXeneを用いた先行研究の中で最高の性能を発揮し、高容量と超高速充電を両立できることが示されました。この成果は、環境負荷の低い、持続可能な電池技術の発展に大きく貢献すると期待されます。 |
【背景】
現代社会では、電気自動車の普及や携帯端末の進化に伴い、効率の良いエネルギー貯蔵システムの重要性が高まっています。長く市場を牽引してきたリチウムイオン電池は、リチウム資源の限界、環境への影響、安全性といった課題を抱えており、資源の乏しい日本が持続可能な発展を遂げるためには、多様なエネルギー資源の活用と高効率な変換技術の確立が不可欠です。
そこで注目されているのが、プロトンと呼ばれる水素原子(H+)を電荷キャリアとして利用するプロトン電池(図1)です。プロトン電池は、水素イオンを使って電気をやりとりする電池で、材料が豊富でエコ、かつ素早く充電できる可能性を秘めており、次世代エネルギー貯蔵の有力候補として注目されています。二次元のナノ材料であるMXeneは、その優れた電気伝導性や高い表面積から、プロトン電池の有望なアノード候補です。しかし、従来のMXeneを薄膜状にしたMXeneフィルムは、MXeneのシート間の相互作用が強く、反応が起こる場所が減少したり、プロトンの輸送が阻害されたりといった課題を抱え、その性能を十分に引き出せていませんでした。
図1 本研究のプロトン電池の模式図
【成果】
本研究では、MXeneアノードの性能向上を目指し、ある物質を鋳型(テンプレート)として利用してその鋳型を犠牲にすることで目的とする物質構造を形成する合成手法である「犠牲テンプレート法」を用いて、細孔密度を系統的に調整した多孔質MXene(P-MX)フィルムを開発しました(図2)。特に、ポリ乳酸(PLA)とMXeneの比率が1:8の条件で合成された「1:8P-MX」アノードは、1 A g−1で104.8 mAh g−1という高容量を達成し、2000サイクル後も96.7%の容量維持率を維持しました(図3)。これは、これまでに報告されたMXeneアノードの中で最高の性能です(図4)。これは、電池を繰り返し使う中で、電解液が素材のすき間にしみ込みやすくなり、さらにプロトンが出入りすることで、素材同士がくっついてしまうのを防ぎ、性能の低下を抑えることができ、反応が起こる場所の増加に繋がったためと考えられます。
さらに、1:8P-MXアノードと銅鉄プルシアンブルー類似体*4(CuPBA)カソード(陰極)を組み合わせた「フルセル」プロトン電池を構築しました。この「フルセル」は、1 mol L−1 H2SO4電解液中で、1 A g−1(17 C)で57.9 mAh g−1、そして10 A g−1(188 C)という高速充電レート*5においても53.3 mAh g−1という高い容量を保持しました。二次電池(充電可能な電池)の充放電におけるエネルギー効率を表す指標である「クーロン効率」は200サイクル後も97%と安定して高い値を示しましたが、容量維持率は65.4%に低下しました。これは、主にCuPBAカソードの電解液中での溶解・分解に起因すると特定され、今後の課題となります。これらの結果は、MXeneアノードにおける細孔設計が、容量とレート性能の両方を向上させる上で極めて重要であることを示しています。
図2 多孔質MXene(P-MX)フィルムの走査電子顕微鏡観察
図3 1:8P-MXフィルムのサイクル特性:電流密度1 A g-1、
電位範囲 −0.7~0.2 Vにおける容量(左軸)および容量保持率(右軸)
図4 本研究におけるMXeneベースのアノード性能と文献との比較
【社会への還元として期待できる内容、今後の展望】
本研究の成果は、最適化された細孔設計を持つMXeneアノードが、高容量で高速充電が可能な次世代プロトン電池の実現に大きく貢献することを示しています。特に、高濃度酸性電解液や追加の活性材料を用いずに、MXeneのみで高性能を実現した点は、環境への影響を低減し、より持続可能なエネルギー貯蔵システムを開発する上で重要な進歩です。今後は、フルセル電池の長期安定性をさらに向上させるため、CuPBAカソードの電解液中での安定性改善に焦点を当てた研究を進めていきます。これにより、1:8P-MXアノードの優れた性能を最大限に引き出し、プロトン電池の実用化を目指します。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST(グラント番号 JPMJCR21B3)による財政的支援を受けて実施されました。
【論文情報】
掲載誌 | Chemical Engineering Journal |
論文タイトル | Porosity-controlled MXene anodes for enhanced rate and long cycle life performance in aqueous proton batteries |
著者 | Linh Chi T. Cao*, Kentaro Aoki, Shu-Han Hsu, Sakoolkan Boonruang, Yuki Nagao*(筆頭著者も責任著者) |
掲載日 | 2025年7月15日 |
DOI | 10.1016/j.cej.2025.165882 |
【用語説明】
プロトン(水素イオン、H+)を電荷キャリアとして利用する二次電池の一種です。資源の豊富さや高速な電荷移動が特徴です。
二次元遷移金属炭化物の一種で、高い電気伝導性と表面積を持つ有望な新素材です。
微細な穴(細孔)を多数導入したMXene材料で、電解液の浸透性やイオン輸送経路を改善し、電池性能を向上させます。
プロトン電池のカソード材料として研究される化合物群です。
電池の充電および放電速度を示す指標です。1Cは定格容量を1時間で充放電する速度を意味します。
令和7年7月17日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/07/17-1.html学生の福田さんがプラスチック成形加工学会第36回年次大会において優秀学生ポスター賞を受賞
学生の福田雄太さん(博士後期課程2年、物質化学フロンティア研究領域、山口政之研究室)が、一般社団法人プラスチック成形加工学会第36回年次大会において、優秀学生ポスター賞を受賞しました。
プラスチック成形加工学会は、プラスチック材料・成形条件・ベストな製品に至る全工程にわたって科学と技術のメスを入れ、プラスチックの新しい可能性を切り開くため、会員相互の情報交換や議論を行う場を提供しています。
同学会第36回年次大会は、『昨日まで見ていた夢、今日の努力に工夫を加え、いつか形を成す』 をスローガンに、令和7年6月18日・19日の2日間、東京都江戸川区のタワーホール船堀にて開催され、成形加工分野の最新技術や研究成果について、活発な議論と情報交換が行われました。
※参考:プラスチック成形加工学会第36回年次大会
■受賞年月日
令和7年6月18日
■研究題目、論文タイトル等
ポリヒドロキシブチレート系共重合体の引張特性
■研究者、著者
*福⽥雄太、Janchai Khunanya、砂川武宜(株式会社カネカ)、⼭⼝政之
■受賞対象となった研究の内容
バイオマスから製造されると共に海洋分解性を示すプラスチックであるポリヒドロキシブチレート系共重合体の力学特性に関する研究内容である。この材料から得られるフィルムは、石油由来の結晶性高分子と同様の力学的性質を示す。そのため既存の石油系プラスチックからの代替が進んでいる。本研究では、一度、変形を与えた後は架橋ゴムのような力学特性を示すことを明らかにした。今後、包装用材料などへの利用が期待できる技術となる。
■受賞にあたって一言
この度は、プラスチック成形加工学会第36回年次大会におきまして、このような賞をいただけたことを大変光栄に思います。本研究の遂行にあたり、日頃よりご指導をいただいている山口政之教授、研究室の皆さんにこの場をお借りして心より御礼を申し上げます。今後もよりいっそう研究活動に邁進していきたいと思います。
令和7年7月10日
出典:JAIST 受賞https://txj.mg-nb.com/whatsnew/award/2025/07/10-1.html金沢大学J-PEAKSシンポジウム

下記のとおり金沢大学主催のシンポジウムが開催されますので、ご案内します。
本学は連携大学として当該事業に携わっており、今回のシンポジウムでは、本学 松村和明教授/eMEDX拠点長がパネリストとして登壇します。
日 時 | 令和7年6月23日(月)16:00~18:00(受付開始 15:30~) |
会 場 | 金沢大学 未来知実証センター 3階オープンスペース 〒920-1192 石川県金沢市角間町 ※ハイブリッド開催 |
プログラム | 16:00 開会挨拶 16:05 来賓挨拶 16:10 金沢大学の取組紹介 16:30 若手研究者による分野融合に関する研究紹介 17:00 パネルディスカッション「大学の未来知が世界を変える ~私の夢を人と社会に~」 17:55 閉会挨拶 18:00 閉会 その他、詳細は下記ホームページをご参照ください。 (金沢大学HP)https://www.kanazawa-u.ac.jp/event/163810/ |
参加申込 | ・参加無料 ・会場参加150名、オンライン参加400名(先着順) ・下記フォームより事前申し込みをお願いします。(申込期限:6/18(水)) (参加登録フォーム)https://forms.office.com/r/8FrqyuT3s3 |
使用言語 | 日本語 |
お問い合わせ | 北陸先端科学技術大学院大学 共創活動推進課 イノベーション創出支援係 E-mail:sien@ml.jaist.ac.jp |
第1回超越バイオメディカルDX研究拠点エクセレントコアセミナーを開催

6月3日(火)、本学イノベーションプラザ2階 シェアードオープンイノベーションルームにおいて、「令和7年度第1回超越バイオメディカルDX研究拠点エクセレントコアセミナー」を開催しました。
本セミナーでは、本学に新たにクロスアポイメント教員として着任したHak Soo CHOI 教授(ハーバード大学医学部 放射線腫瘍学講座 教授)を講師に迎え、「Bioengineering and Nanomedicine Program for Cancer Theranostics」をテーマに講演いただきました。
冒頭では、寺野稔 学長による開会挨拶が行われ、CHOI教授の着任に対する歓迎の意が述べられるとともに、今後の国際共同研究のさらなる発展に向けた期待が示されました。
CHOI教授の講演では、がんの診断と治療を同時に行う「セラノスティックス」の実現に向けた最先端の研究成果が紹介されました。とりわけ、独自に開発された蛍光イメージング技術と、薬剤の物理化学的特性と生体内動態の関係性に基づいた薬物設計戦略により、組織特異的な近赤外蛍光プローブの開発が進められていることが説明されました。これらの技術は、がん組織の可視化、画像誘導手術、光線治療などへの応用が期待されており、ナノ医療および分子イメージング分野における今後の展開に重要な示唆を与える内容となりました。
本セミナーは、CHOI教授と本学物質化学フロンティア研究領域の栗澤元一 教授との長年にわたる共同研究を背景に開催されたものであり、国際的な研究連携の深化とともに、若手研究者や学生との学術的交流の促進を目的としています。当日は、参加者との活発な質疑応答や意見交換も行われ、充実した議論の場となりました。
今後も本学では、超越バイオメディカルDX研究拠点の中核的活動として、世界トップレベルの研究者との交流を通じた学際的かつ国際的な研究の推進と、次世代研究者の育成に積極的に取り組んでまいります。


セミナーの様子
令和7年6月5日
出典:JAIST お知らせ https://txj.mg-nb.com/whatsnew/info/2025/06/05-2.htmlナノ医療・バイオイメージング分野における国際連携を加速 ―ハーバード大教授が北陸先端科学技術大学院大学に本格参画-

ナノ医療・バイオイメージング分野における国際連携を加速
―ハーバード大教授が北陸先端科学技術大学院大学に本格参画-
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)は、2025年4月1日付で、ナノ医療・バイオイメージング分野における世界的な研究者であるChoi, Hak Soo(チェ・ハクスー)教授を、先端科学技術研究科のクロスアポイントメント教員として迎え、本学での研究活動を開始しました。
Choi教授は、ハーバード大学医学部 放射線腫瘍学講座の教授であり、マサチューセッツ総合病院 分子イメージング研究センターの主任研究者として最前線の研究を統括するとともに、Dana-Farber/Harvard Cancer Centerにも所属し、がん研究と診断に関する世界的ネットワークの中核的存在として活躍しています。
韓国・全北大学校を卒業後、2004年に本学にて博士号(材料科学)を取得。その後、ハーバード大学にて研究を推進し、ナノメディシン、イメージング、バイオエンジニアリングを融合したがんの高感度診断・治療技術の開発に取り組んできました。これまでに、Nature Biotechnology、Nature Nanotechnology、Nature Medicine、Nature Communications、Advanced Materials、Science Translational Medicine などの国際トップジャーナルに多数の研究成果が掲載されており、米国国立衛生研究所(NIH)や国防総省(DoD)などからの大型研究助成を獲得しています。
今回の着任は、本学物質化学フロンティア研究領域の栗澤元一教授との長年にわたる共同研究を背景に実現したものであり、今後は、本学の「超越バイオメディカルDX研究拠点」との連携を軸に、研究成果の社会実装、若手研究者や学生との国際交流を通じて、グローバルトップの研究基盤の構築・強化に大きく貢献することが期待されています。
【セミナーのご案内】
このたび、Choi教授の本学参画を記念し、以下のとおり「超越バイオメディカルDX研究拠点エクセレントコアセミナー」を開催します。当日は、Choi教授より、これまでの研究成果および今後の取組みについて講演いただきます。つきましては、当日の取材・報道をお願いします。
講 演 者:CHOI, Hak Soo, Ph.D
北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 教授 Professor, Department of Radiology, Harvard Medical School Faculty, Cancer Research Institute, Dana-Farber/Harvard Cancer Center Director, Bioengineering and Nanomedicine Program, Mass General Hospital テーマ:「Bioengineering and Nanomedicine Program for Cancer Theranostics」
(バイオ工学とナノメディシンによるがんセラノスティックス*) 日 時:令和7年6月3日(火)10:30~12:00
場 所:北陸先端科学技術大学院大学(JAIST) イノベーションプラザ2F
シェアードオープンイノベーションルーム 申込方法:以下申込先までメールにて事前にお申込みください。
[申込先] 北陸先端科学技術大学院大学 超越バイオメディカルDX研究拠点 教授 栗澤元一 E-mail:kurisawa ![]() |
*セラノスティックス...診断と治療を一体化した新しい医療技術
◆クロスアポイントメント制度とは】
研究者等が複数の大学や公的研究機関、民間企業等と雇用契約を結び、それぞれの組織で業務を行うことを可能とする制度です。本制度により、研究者等は所属の枠にとらわれることなく、複数の場で専門性を活かして活躍できるようになります。本制度の導入により、研究機関間の垣根を超えた知の交流や技術の橋渡しが加速されることが期待されており、研究の質やスピードの向上にも大きく貢献すると考えられます。
今回、本学が本制度を通じて、海外の研究機関に所属する研究者を迎えたことは、本学にとって初の取り組みです。今後は、この制度を活用して、国内外の優れた研究者とのネットワークを一層広げ、世界の先端科学技術研究のハブとしての機能強化を目指します。
令和7年5月29日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/05/29-1.htmlUKM Career Fair(マレーシア)に出展参加しました

5月20日(火)~21(水)の2日間、マレーシア国民大学(UKM)にて開催された「UKM Career Fair」に、人間情報学研究領域の白井清昭教授と物質化学フロンティア研究領域の長尾祐樹教授が参加し、ブースを出展しました。
本イベントは、現地マレーシアの学生と企業との「ジョブマッチング」を目的とした大規模なキャリアフェアで、ピッチコンテストやキャリアデザイン講演など、多数の関連イベントも同時開催されました。本学は、大学機関として唯一出展し、特に本学が重点的に推進する「JUMPプログラム(JAIST partner University Master connection Program)」への学生リクルートを主な目的として広報活動を行いました。JUMPプログラムは、海外の協定校に在籍する優秀な学生に対し、日本の大学院での高度な教育・研究機会を提供するもので、学部教育と大学院教育をつなぐ国際的かつ戦略的な人材育成プログラムです。また、協定校との教育・研究面での連携を深化させる役割も担っています。
ブースには2日間で約120名の学生が訪れ、特にマテリアルサイエンス分野を専攻する学生が半数を占めました。情報分野の学生も多く来訪し、研究内容、入試制度、奨学金、日本での生活などについて具体的な質問が多数寄せられ、本学及びJUMPプログラムへの関心の高さがうかがえました。
今回の出展にあたり、UKMの教員の皆様には現地での準備や運営面で多大なご支援をいただきました。この場を借りて、心より御礼申し上げます。今後はUKMとの教育・研究における連携や共同プロジェクトの展開にも期待が高まります。
本学は今後もJUMPプログラムを中心に国際連携を一層強化し、世界中から優秀な学生を受け入れるとともに、グローバルな研究・教育環境のさらなる充実を目指します。


令和7年5月27日
出典:JAIST お知らせ https://txj.mg-nb.com/whatsnew/info/2025/05/27-2.html偶然も計画できる時代へ―触媒探索を効率化する新規AI技術を開発

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北陸先端科学技術大学院大学 北海道大学 |
偶然も計画できる時代へ―触媒探索を効率化する新規AI技術を開発
【ポイント】
- 確信度・不確実性・意外性の指標をもとに、知識・探索・予期せぬ発見を調和させた革新的な探索手法
- 36,540通りの高次組成空間から、わずか260回の実験で未報告の高性能触媒90件を短期間に発見
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の中野渡 淳 研究員(研究当時)、谷池 俊明 教授、共創インテリジェンス研究領域のダム ヒョウ チ 教授は、北海道大学大学院理学研究院の髙橋 啓介 教授と共同で、既存知識の活用・未知領域の探索[注1]・予期せぬ発見をバランスよく取り入れた、革新的なデータ駆動型触媒探索アルゴリズムを開発しました。 現在のマテリアルズインフォマティクス(MI)による材料開発では、活用と探索の両立を図る適応的サンプリング手法、特にベイズ最適化[注2]は、近年大きな注目を集めています。これらの手法は、従来よりも少ない実験数で目的物性を持つ材料を発見できることが示されており、その潮流は、触媒開発分野にも急速に波及しています。しかし、これまでの手法は、数種類の元素から成る組成最適化に限定されています。こうした小規模な最適化は熟練研究者であれば対処可能なため、MIに本当に期待されているのは、性能が保証された既知系の改良ではなく、広大な探索空間から現状の限界を打ち破るような、新たな傾向やルールを示す触媒候補を発掘することです。 本研究では、大規模な探索空間にも適用可能な新たなAI技術を開発しました。本技術は、触媒性能予測における確信度と不確実性を定量化する機能に加え、モデルの予測から大きく乖離した高性能触媒候補を特定する機能を備えています。メタン酸化カップリング[注3]に関する触媒探索の実証において、260種類の触媒をハイスループット実験で評価し、水準以上の性能を示す未報告の高性能触媒を90件発見しました。 本研究成果は、2025年5月8日(米国時間)に米国の科学誌「ACS Catalysis」のオンライン版に掲載されました。 |
【研究の背景及び経緯】
不均一系触媒は、複雑に相互作用する複数の触媒成分と、全貌が未解明であることが多い多段階にわたる素反応が絡み合う超複雑系であり、その開発は長らく研究者の経験と試行錯誤に依存してきました。しかし近年、材料開発を加速するマテリアルズインフォマティクス(MI)の急速な進展により、既存データを活用しつつ未知領域を効率的に探索する適応的サンプリング(例:ベイズ最適化)が注目されています。しかしながら、これらの手法による探索は数種類の元素の組成最適化にとどまり、広大な組成空間の中からブレークスルーをもたらすような新奇な触媒候補を発掘することは依然として困難です。加えて、触媒研究ではしばしば、研究者の予測を超える"予期せぬ発見(セレンディピティ)"が重要な知見につながりますが、従来のAI技術ではこのような偶発的発見を捉える仕組みが備わっていませんでした。
【研究の内容】
本研究では、探索・活用・予期せぬ発見の三要素を調和した触媒探索を行う、新しいAI技術を開発しました(図1)。本技術は、触媒推薦システムと触媒セレンディピターシステムの二つの学習アルゴリズムからなっています。証拠理論に基づく触媒推薦システムは、元素の置換による性能変化を「証拠」として収集し、証拠が乏しい組合せには高い"不確実性"を、証拠が豊富にある組合せには高い"確信度"を割り当てることで、探索と活用を数値的にバランスします。触媒セレンディピターシステムは、推薦システムが見落としやすい"意外な高性能触媒"を拾い上げるメタ学習モデル[注4]です。推薦システムなどの予測結果を統合し、過去に観測された「傾向から外れた高性能触媒の予測パターン」を学習します(図2)。これによりセレンディピティの発生を50%の精度で言い当てることができます。
開発技術をメタン酸化カップリングに関する触媒探索に適用し、合計260触媒を実験的に評価しました。その結果、水準以上(触媒なしでのフリーラジカル反応よりも十分高いエタン・エチレン収率を示す)を満たす90例の未報告触媒を発見しました。
図1 本研究のイメージ。ハイスループット実験データを基に学習したAIによって探索・活用・予期せぬ発見をバランスした触媒推薦を行います。推薦された触媒はハイスループット実験によって評価されるという再帰的なループによって、AIは高性能触媒の推薦効率を上げていきます。 |
図2 触媒セレンディピターシステムの概念図。セレンディピターは、性格や特性の異なる複数の学習モデルの予測結果を統合し、予期せぬ発見を予測するメタ学習モデルです。各学習モデルを、データの傾向を掴み始めた研究者に例えると、セレンディピターはそれら研究者同士が議論し、最終的な結論を導き出す会議の場のような役割を果たします。 |
【今後の展開】
現在、開発した技術は二値分類問題に特化していますが、今後は連続値の物性予測への拡張を検討しています。また、本技術は組成の自由度が高い電池材料や光学材料への適用も可能であり、これらの材料シーズ発掘を一層加速させることが期待されます。
【用語解説】
AI技術を用いた材料探索においては、①過去の実験データから得られた"当たりやすい"領域を重点的に試す「活用(exploitation)」、②まだデータが少なく未知であるが、将来的に新たな発見につながる可能性がある領域を試す「探索(exploration)」の二つの要素をいかに両立させるかが重要な課題です。本研究では、これらに加えて、触媒化学の発見における重要な駆動力の一つである"予期せぬ発見(セレンディピティ)"を三つ目の要素として同時に定量化し、実験計画に反映できる点が最大の特徴となっています。
ベイズ最適化は、目的関数(本研究では触媒性能)を直接評価するコストが高い場合に用いられる統計的な最適化手法です。①既存の実験データから性能の分布を近似する確率モデル(サロゲートモデル)と、②そのモデルが示す期待値や不確実性を基に「次に測定すべき点」を数式的に選ぶ獲得関数(acquisition function)から構成されます。実験を繰り返すたびにモデルを更新し、少ない試行回数で高性能材料に到達できることが特徴です。
メタン酸化カップリングとは、天然ガスやバイオガスの主成分であるメタンを、酸化反応によりワンステップで様々な化合物やポリマーの原料となるエチレン(およびエタン)に転換する触媒反応です。既存の転換技術と比べてはるかに効率的である一方で、選択的かつ高活性にエチレンを生成する触媒の開発は依然として難航しています。
メタ学習(meta-learning)は、「学習の方法を学習する」手法であり、複数の機械学習モデルやタスクで得られた知見を上位レイヤーで再利用することで、新しいタスクに対しても少ないデータで高い性能を発揮できるようにする枠組みです。本研究では、異なる推薦システムや分類器が出力する"予測確信度"や"食い違い"を入力として取り込み、これらの下位モデルの性格差を統合して、「モデルが見落としがちな意外な高性能触媒」を判別する"セレンディピター"を構築しました。下位モデルの経験を集約することで、個々のモデルだけでは検出しにくいパターンを学習し、セレンディピティの発生確率を大幅に高めています。
【論文情報】
雑誌名 | ACS Catalysis |
論文タイトル | "A Data-Science Approach to Experimental Catalyst Discovery: Integrating Exploration, Exploitation, and Serendipity" (探索・活用・予期せぬ発見を統合した触媒発見のためのデータ科学的アプローチ) |
著者 | Sunao Nakanowatari, Keisuke Takahashi, Hieu Chi Dam*, Toshiaki Taniike* |
DOI | 10.1021/acscatal.5c00100 |
掲載日 | 2025年5月8日(米国時間) |
令和7年5月26日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/05/26-1.html令和7年度 第1回 超越バイオメディカルDX研究拠点 エクセレントコアセミナー
セミナーを下記のとおり開催しますので、ご案内します。
開催日時 | 令和7年6月3日(火) 10:30~12:00 |
場所 | 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)イノベーションプラザ シェアードオープンイノベーションルーム(2F) |
講師 | Hak Soo Choi, Ph.D. Professor with a cross appointment at the Department of Radiology, Harvard Medical School, and the Graduate School of Advanced Science and Technology, Japan Advanced Institute of Science and Technology (JAIST) |
講演題目 | Bioengineering and Nanomedicine Program for Cancer Theranostics |
使用言語 | 英語 |
参加申込・ お問合せ |
下記の担当へ前日までにお申し込みください。 (定員30名・参加費無料) 北陸先端科学技術大学院大学 超越バイオメディカルDX研究拠点 教授 栗澤 元一 (kurisawa ![]() |
光強度と反応温度を制御するだけで、光触媒反応の律速過程を判別可能な新手法を開発

光強度と反応温度を制御するだけで、
光触媒反応の律速過程を判別可能な新手法を開発
【ポイント】
- プロセス分離の難しい光触媒反応において、「励起キャリアの表面への供給」か「表面での酸化還元反応」のどちらが律速となっているかを簡便に判別できる手法を確立
- 光照射強度と反応温度を系統的に変化させることで、光触媒表面に過剰な励起キャリアが存在し始める"しきい値"を捉え、律速段階を見極めることに成功
- ナノ粒子化や結晶性向上など、今後の光触媒材料設計における具体的な指針を提示
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の張葉平特任助教(日本学術振興会特別研究員-PD)、谷池俊明教授らの研究グループは、光触媒反応における反応速度を決定づける律速プロセスを、光強度と反応温度を制御するだけで簡便に特定する方法を開発しました。光触媒反応は光の吸収から励起キャリアの拡散、そして表面での酸化還元反応まで複数のステップを経るため、どの段階が律速しているのかを従来は見極めにくいという課題がありました。本研究では、表面での励起キャリアが不足または余剰となる状態を温度変化から読み解く新たな指標を導入し、これにより「励起キャリアの表面への供給」と「表面での酸化還元反応」のどちらが支配的かを判別できることを示しました。今回の成果は、光触媒の性能向上や仮説検証の精度向上に加え、高効率な太陽光利用技術の開発にも波及効果が期待されます。 |
【研究の背景】
光触媒は、太陽光を活用し、水の分解による水素生成や二酸化炭素の還元、環境浄化など、多岐にわたる反応系への応用が期待されており、持続可能な社会の実現に向けた重要な技術として注目されています。しかし、光の吸収、励起キャリア(電子や正孔)の生成・拡散・表面での酸化還元反応といった複数のプロセスが絡み合うため、どの段階が律速しているかを明確にするのは容易ではなく、結果として効率的な材料改良が進みにくいという課題がありました。
【研究の詳細】
本研究では、光触媒反応を「励起キャリアの表面への供給」と「表面における酸化還元反応」の2つの過程に分け、どちらが律速となっているかを見極めるための簡便な手法を提案しました。具体的には、両過程の速度差は、表面における励起キャリアの過不足として現れ、それが光強度と反応温度を変化させた際の温度依存性として抽出されます(図1)。この考え方は、表面反応の方が温度変化に敏感であるという既知の性質を活用したもので、ある光強度以上になると温度によって反応速度が変化し始める「しきい値(オンセット強度)」が重要な指標となります。この指標を用いることで、律速過程を明確に記述できると考えました。
図1 光強度と反応温度の制御によって律速過程を特定する手法の概念図。反応速度に温度依存性が現れる光強度条件は、表面での励起キャリアの再結合が反応に転じる転換点に対応しており、励起キャリアの供給速度が表面反応速度を上回り始める"オンセット強度"として機能します。 |
この考えの実証に際して、代表的な光触媒である酸化チタン(TiO2)と酸化亜鉛(ZnO)を用い、メチレンブルーの分解反応をモデル反応として検証しました。反応温度を10˚Cと40 ˚Cに設定し、光強度を広範囲で制御しながら反応速度を測定した結果、TiO2では高い光強度で温度依存性が現れ、ZnOではより低い光強度から温度依存性が認められました。この結果から、相対的にTiO2はキャリア供給が律速し、ZnOは表面反応が律速すると判定され、材料ごとの律速特性の違いを明確に捉えることができました。このような判別は、材料選定や改良方針の誤りを防ぐ手がかりとなります。
さらに、酸化チタンの焼成温度を変化させた材料シリーズで同様の検討をしたところ、類似した材料においてはオンセット強度に顕著な違いが見られなかったものの、オンセット強度を超える強い光強度条件において性能と温度依存性を比較した結果、ナノサイズ化に伴ってキャリア供給が向上し、温度依存性も大きくなる傾向が確認されました。逆に、高温焼成によって粒子が大きくなった試料ではキャリア供給効率が低下し、温度変化に対する反応の応答も鈍くなりました。このことから、単なる結晶性の向上よりも、ナノ粒子化による表面へのアクセス性の向上がキャリア供給において重要であることが示唆されました。
従来のキャリア供給・移動・反応の解析には、レーザーを用いた瞬時分光法などの特殊装置や複雑な条件設定が必要でしたが、本研究で提案した手法は、一般的な光源と温度制御だけで実施可能であり、日常的な材料スクリーニングにも応用しやすい点が大きな特徴です。また、光強度の設定範囲が実使用条件に近いため、実際の性能と乖離の少ない律速過程の判定を行うことが可能です。
【今後の展望】
本手法は、光触媒の性能向上を目指した材料開発において、律速段階を簡便に特定できる有用な手段と考えられます。今後は、他の反応系や材料系への適用範囲を広げるとともに、ハイスループット実験への展開を通じて、より効率的かつ再現性のある材料評価を可能にしたいと考えています。特に、キャリア供給が律速か、あるいは表面反応が律速かを判断することは、材料改良の方向性を明確にする際に効果を発揮し、多くの光触媒研究の仮説検証に貢献できると期待されます。
【研究資金】
本研究は、日本学術振興会科研費 特別研究員奨励費(24KJ1201)、科学技術振興機構(JST) 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2102)、リバネス研究費京セラ賞の支援を受けて実施されました。
【論文情報】
雑誌名 | Journal of Materials Chemistry A |
論文名 | Identifying Rate-Limiting Steps in Photocatalysis: A Temperature- and Light Intensity-Dependent Diagnostic of Charge Supply vs. Charge Transfer |
著者 | Yohei Cho, Kyo Yanagiyama, Poulami Mukherjee, Panitha Phulkerd, Krishnamoorthy Sathiyan, Emi Sawade, Toru Wada, and Toshiaki Taniike |
掲載日 | 2025年5月2日 |
DOI | 10.1039/D5TA00415B |
令和7年5月12日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/05/12-1.html物質化学フロンティア研究領域の都教授らの論文がSmall Science誌の表紙に採択
物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎教授らの「磁石と光で機能制御可能なナノ粒子の開発に成功!-高性能がん診断・治療に向けて-」に係る論文が、生物・化学系のトップジャーナルSmall Science誌の表紙に採択されました。本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、大学発新産業創出基金事業スタートアップ・エコシステム共創プログラム(JPMJSF2318)ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものです。
■掲載誌
Small Science, Volume 5, No. 5
掲載日:2025年5月4日
■著者
Yun Qi, Eijiro Miyako*
■論文タイトル
Multifunctional Magnetic Ionic Liquid-Carbon Nanohorn Complexes for Targeted Cancer Theranostics
■論文概要
本研究では、カーボンナノホーン表面に磁性イオン液体、近赤外蛍光色素(インドシアニングリーン)、分散剤(ポリエチレングリコール-リン脂質複合体)を被覆したナノ粒子の作製に成功しました。得られたナノ粒子は、ナノ粒子特有のEPR効果のみならず、磁性イオン液体に由来する磁場駆動の腫瘍標的能によって、大腸がんを移植したマウス体内の腫瘍内に効果的に集積し、磁性イオン液体に由来する抗がん作用に加え、生体透過性の高い近赤外レーザー光により、インドシアニングリーンに由来するがん患部の可視化とカーボンナノホーンに由来する光熱変換による多次元的な治療が可能であることを実証しました。さらに、マウスを用いた生体適合性試験などを行い、いずれの検査からもナノ粒子が生体に与える影響は極めて少ないことがわかりました。当該ナノ粒子と近赤外レーザー光を組み合わせた新たながん診断・治療技術の創出が期待されます。
表紙詳細:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smsc.202570019
論文詳細:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/smsc.202400640
プレスリリース詳細:https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/03/06-1.html
令和7年5月8日
出典:JAIST お知らせ https://txj.mg-nb.com/whatsnew/info/2025/05/08-2.html物質化学フロンティア研究領域の都教授らの論文がAdvanced Science誌の最も閲覧された論文の上位10%にランクインされました

物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎教授らの「阿吽の呼吸で癌を倒す! -灯台下暗し:最強の薬は腫瘍の中に隠されていた-」に係る論文が、生物・化学系トップジャーナルAdvanced Science誌の最も閲覧された論文の上位10%にランクインしました。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものです。
■掲載誌
Advanced Science
■著者
Yamato Goto, Seigo Iwata, Mikako Miyahara, Eijiro Miyako*
■論文タイトル
Discovery of intratumoral oncolytic bacteria toward targeted anticancer theranostics
■論文概要
本研究では、マウス生体内の大腸癌由来腫瘍組織から主に3種類の細菌の単離・同定に成功し、これらの細菌にA-gyo(阿形;Proteus mirabilis)、UN-gyo(吽形;Rhodopseudomonas palustris)、そしてAUN(阿吽;A-gyoとUN-gyoから成る複合細菌)とそれぞれ命名しました。これらの細菌を、大腸癌を皮下移植した担癌モデルマウスの尾静脈に投与したところ、低酸素状態の腫瘍環境内で高選択的に集積・生育・増殖が可能で、かつ高い抗腫瘍効果を示すことを発見しました。とりわけ、AUNは、単回投与にも関わらず、A-gyoとUN-gyoの協奏作用により細胞障害性の免疫細胞を効果的に賦活化し、大腸癌、肉腫(サルコーマ)、転移性肺癌、薬物耐性乳腺癌といった様々な癌種に対して強力な抗腫瘍活性を示すことが明らかとなりました。また、AUNは、生体透過性の高い近赤外光によって標的とする腫瘍内で近赤外蛍光を発現することが分かりました。さらに、マウスを用いた生体適合性試験(血液学的検査、組織学的検査、細菌コロニーアッセイなど)を行った結果、いずれの検査からもAUNそのものが生体に与える影響は極めて少ないことが分かりました。これらの成果は、今回発見した細菌を用いた癌の診断・治療法の基礎に成り得るだけでなく、細菌学や腫瘍微生物学などの研究領域への新しい概念の創出として貢献することを期待させるものだと考えられます。
論文詳細:https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/advs.202301679
プレスリリース詳細:https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2023/05/08-1.html
令和7年4月17日
出典:JAIST お知らせ https://txj.mg-nb.com/whatsnew/info/2025/04/17-2.html物質化学フロンティア研究領域の谷池俊明教授の研究課題が科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業に採択
物質化学フロンティア研究領域の谷池俊明教授が代表を務める研究開発課題「材料探索を価値の探索へと変革する超広域反応探索基盤の開発」が、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(探索加速型)の令和7年度新規本格研究課題(重点公募テーマ「革新的な知や製品を創出する共通基盤システム・装置の実現」)に採択されました。
「未来社会創造事業」は、科学技術により「社会・産業が望む新たな価値」を実現する研究開発プログラムです。経済・社会的にインパクトのある目標を定め、基礎研究段階から実用化が可能かどうか見極められる段階(概念実証:POC)に至るまでの研究開発を実施します。
探索加速型とは、研究開発を探索研究から本格研究へと段階的に進めるもので、谷池教授の研究開発課題は、探索研究を経て、本格研究課題に採択されました。
*詳しくは、JSTホームページをご覧ください。
研究者名:物質化学フロンティア研究領域 谷池 俊明教授
研究課題名:材料探索を価値の探索へと変革する超広域反応探索基盤の開発
研究概要:化学反応を効率的に誘導する触媒は、現代の物質文明を支えるマテリアルです。触媒技術の革新なくしてカー
ボンニュートラル社会の達成はありえません。一方、触媒分野における従来の技術革新は、試行錯誤とその中
で生じる予期せぬ発見によって実現されてきました。本研究開発では、広大な探索空間に探索の網を張る反応
探索基盤を構築し、未知の化学反応と触媒の効率的な発見を目指します。
令和7年3月28日
出典:JAIST お知らせ https://txj.mg-nb.com/whatsnew/info/2025/03/28-1.html細菌成分をコーティングした酸化グラフェンナノ複合体の創出! -多機能性を発現可能ながん光免疫療法の実現に向けて-

細菌成分をコーティングした酸化グラフェンナノ複合体の創出!
-多機能性を発現可能ながん光免疫療法の実現に向けて-
【ポイント】
- 細菌成分と酸化グラフェンから成るナノ複合体の作製に成功
- 当該ナノ複合体のEPR効果により標的とする腫瘍内に効果的に集積し、マウスに移植したがんの可視化と、免疫賦活化、抗がん作用、光熱変換によるがん治療が可能であることを実証
- 当該ナノ粒子と近赤外光を組み合わせた新たながん診断・治療技術の創出に期待
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎教授らは、酸化グラフェン*1表面に細菌成分、近赤外蛍光色素(インドシアニングリーン*2)、抗がん剤(カンプトテシン*3)を被覆したナノ複合体の作製に成功した(図1)。得られたナノ複合体は、ナノ複合体特有のEPR効果*4に由来する腫瘍標的能によって、大腸がんを移植したマウス体内の腫瘍内に効果的に集積し、細菌成分による免疫賦活化とカンプトテシンに由来する抗がん作用に加え、生体透過性の高い近赤外レーザー光*5により、インドシアニングリーンに由来するがん患部の可視化と酸化グラフェンに由来する光熱変換による多次元的な治療が可能であることを実証した。さらに、マウスを用いた生体適合性試験などを行い、いずれの検査からもナノ複合体が生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。当該ナノ複合体と近赤外レーザー光を組み合わせた新たながん光免疫治療技術の創出が期待される。 |
【研究背景と内容】
ナノ炭素材料の一つである酸化グラフェン(GO)は、優れた物理化学的特性を有することが知られており、とりわけ素材開発の分野で注目を集めている。都教授は、ナノ炭素材料が生体透過性の高い波長領域(650~1100 nm)のレーザー光により容易に発熱する特性(光発熱特性)を活用したがん診断・治療技術の開発を推進している(※1、※2、※3、※4)。
(※1) https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2020/04/23-1.html
(※2) https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2020/08/17_2.html
(※3) https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2024/08/22-1.html
(※4) https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/03/06-1.html
一方、腫瘍組織内に細菌が存在していることは古くから知られており、近年の研究では、腫瘍の種類ごとに独自の細菌叢が保有されていることが分かっている。また、このような腫瘍内細菌叢が抗癌剤の補助あるいは阻害の要因になっていることも明らかになっている。しかし、腫瘍内から直接細菌を取り出し、細菌そのものを癌の治療薬として活用する研究は皆無であった。このような経緯の中、都研究室では、マウス生体内の腫瘍組織から数多くの細菌の単離・同定に成功しており、これらの細菌を活用したがん診断・治療技術の開発を進めている(※5)。
(※5) https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2023/05/08-1.html
本研究では、光発熱素材であるGOと超音波照射によりホモジナイズ*6した腫瘍内細菌(Cutibacterium acnes)成分を複合化した新規ナノ複合体を開発し、がん診断・治療技術への可能性を調査した(図1)。より具体的には、C. acnes(CA)成分、近赤外蛍光色素[インドシアニングリーン(ICG)]、抗がん剤[カンプトテシン(CPT)]を被覆したGO(ICG-CPT-CA-GO複合体)をがん患部に同時に送り込むことで、CAに由来する免疫賦活化作用とCPTに由来する抗がん作用に加え、生体透過性の高い近赤外レーザー光を用いることで、ICGに由来する近赤外蛍光特性を用いた患部の可視化やGOに由来する光熱変換を利用した、新たながんの診断や治療法の開発に成功した。また、ICG-CPT-CA-GO複合体をマウスの静脈から投与し、生体適合性を組織学的検査、血液検査、体重測定により評価したが、いずれの項目でもICG-CPT-CA-GO複合体が生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。
これらの成果は、今回開発したICG-CPT-CA-GO複合体が、革新的がん診断・治療法の基礎に成り得ることを示すだけでなく、ナノテクノロジーや光学といった幅広い研究領域における材料設計の技術基盤として貢献することを十分期待させるものである。
本成果は、2025年3月21日に炭素系材料の国際専門トップジャーナル「Carbon」誌(Elsevier発行)のオンライン版に掲載された。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、大学発新産業創出基金事業スタートアップ・エコシステム共創プログラム(JPMJSF2318)ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものである。
図1. 様々な機能性分子を被覆したナノ複合体の作製(超音波処理するだけで簡便に作製可能)。
【論文情報】
掲載誌 | Carbon |
論文題目 | Hybrid Nanoarchitectonics with Bacterial Component-Integrated Graphene Oxide for Cancer Photothermo-Chemo-Immunotherapy |
著者 | Soudamini Sai Vimala Veera Chintalapati, Eijiro Miyako* |
掲載日 | 2025年3月21日にオンライン版に掲載 |
DOI | 10.1016/j.carbon.2025.120252 |
【用語説明】
酸化グラフェンとは、黒鉛を酸化させることにより得られ、厚さはおよそ 1 nmのシート状の素材。高い表面積を有し、表面に存在する酸素官能基により親水性や電気絶縁性を示す。
肝機能検査に用いられる緑色色素のこと。近赤外レーザー光を照射すると近赤外蛍光と熱を発することができる。
植物のカンレンボク Camptotheca acuminata に含まれるアルカロイドの一種。抗がん作用を示す。
100nm以下のサイズに粒径が制御された微粒子は、正常組織へは漏れ出さず、腫瘍血管からのみ、がん組織に到達して患部に集積させることが可能である。これをEPR効果(Enhanced Permeation and Retention Effect)という。
レーザーとは、光を増幅して放射するレーザー装置、またはその光のことである。レーザー光は指向性や収束性に優れており、発生する光の波長を一定に保つことができる。とくに700~1100 nmの近赤外領域の波長の光は生体透過性が高いことが知られている。
均質化すること。特に、生物の細胞や組織などを人工的に破砕、均質化することをさす。眼鏡の洗浄に利用される超音波照射装置が均質化に良く利用される。
令和7年3月27日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/03/27-1.htmlLiNMC電極を高安定化するホウ素系電解液の開発
LiNMC電極を高安定化するホウ素系電解液の開発
ポイント
- リチウムイオン二次電池の汎用電解液にメシチルジメトキシボラン(MDMB)を加えた3成分系電解液は非常に高いリチウムイオン輸率を示した(エチレンカーボネート(EC):ジエチレンカーボネート(DEC):メシチルジメトキシボラン(MDMB)=1:1:1(v/v/v))。
- ホウ素を含む電解液の使用により正極上にホウ素を含む安定性の高い正極電解質界面(CEI)が形成され、正極の大幅な安定化につながった。
- XPS測定により正極電解質界面(CEI)へのホウ素導入が確認された。ホウ素導入の結果、電荷移動界面抵抗の顕著な低減及び電極反応の活性化エネルギーの低下につながった。
- 電解液中のホウ素成分は系内のHFをB-F結合形成によりトラップしており、これも正極の安定化の要因となっている。
- エチレンカーボネート:ジエチレンカーボネート:メシチルジメトキシボラン=1:1:1(v/v/v)系では溶媒層(solvation sheath)とリチウムイオンとの相互作用がMDMBを含有しない系よりも弱まっていることがMaterials Studioを用いた計算により示唆され、アニオントラップ効果と相まってリチウムイオン輸率を向上させていると考えられる。
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の松見紀佳教授、Liu Zhaohan大学院生(博士後期課程)、Amarshi Patra研究員は、LiNMC正極を安定化できるホウ素系電解液の開発に成功した。 |
【研究背景と内容】
リチウムイオン二次電池1においては、高エネルギー密度の向上を目的として高電圧化が可能なLiNMC系正極が活発に研究されている。LiNMCを安定化させるための様々な添加剤が検討されているが、本研究では電解液設計によりLiNMC系正極を安定化させるアプローチを試み、その有効性を見出した。LiNMCの安定化の手法として、ホウ素系添加剤を活用する試みはこれまで国外グループにおいて検討されていたものの、LiBOBを添加剤とした系では電解液中のHF(フッ酸)の捕捉において有効性が認められたものの、正極電解質界面(CEI)へのホウ素導入は認められていなかった。本研究においては、添加剤と比較して大幅に多い分量の電解液成分として液状のホウ素化合物(MDMB)を用い、HF捕捉のみならず、顕著なCEIへのホウ素導入及び界面抵抗の低減、電極反応の活性化エネルギー低下、それらの結果としての正極の安定性の大幅な向上につながった。
本研究では、エチレンカーボネート:ジエチレンカーボネート:メシチルジメトキシボラン=1:1:0(v/v/v)系(110)、1:1:1(v/v/v)系(111)、1:1:2(v/v/v)系(112)のそれぞれを電解液とした系について検討を行った。
Materials Studioによる計算の結果(図1)、各系におけるリチウムイオンと溶媒層との相互作用のエネルギーは110系においてEint=-156.67 kJ/mol、111系において-147.97 kJ/mol、112系において-149.97 kJ/molとそれぞれ算出された。MDMBを電解液成分として含む系においてはEC/DEC系と比較してリチウムイオンと溶媒層との相互作用が弱まっていることが示唆された。したがって、MDMB含有系においては脱溶媒和の活性化エネルギーの顕著な低下が期待される。
各電解液のリチウムイオン輸率を測定したところ(図1)、MDMBを含む系においては、EC/DEC (110)の0.41に対して0.93 (111)、0.86(112)と大幅に高い値を示し、ホウ素によるアニオントラップ効果に加えて前述のリチウムイオン―溶媒層相互作用の低下が影響を与えていると考えられる。
それぞれの電解液系を用いてLiNMC111を用いて正極型ハーフセルを構築した。サイクリックボルタモグラム2を図2に示す。EC/DEC系(110)においては掃引速度が向上すると電極反応の過電圧が上昇するが、MDMBを含む電解液(111)においては顕著な変化は見られず、高いリチウムイオン輸率により系内の電荷の分極が抑制されている効果によると考えられる。各充放電レートにおける充放電特性を検討したところ、111系電解液において最も優れた特性が観測された(図2)。また、電池セルのインピーダンス測定及びスペクトルの等価回路フィッティングにより、電荷移動界面抵抗の温度依存性に基づいた電荷移動プロセスの活性化エネルギーを算出したところ、111系において最も低い活性化エネルギー(30.5 kJ/mol)を観測した(図2)。結果として、長期サイクル試験においても111系が最も優れた放電容量を示すに至った(図3)。
充放電後の正極のXPS測定を行ったところ、MDMBを含んだ電解液を用いた系においてはいずれもB1sスペクトルにおいて192.5 eV(B-O)、194.0 eV(B-F)のピークが観測され、正極電解質界面(CEI)がホウ素化されていることが確認された(図4)。B-F結合の形成は、導入されたホウ素がHFを捕捉したことを示唆している。電極界面におけるB-Oの導入は、ホウ素―アニオン相互作用により界面における塩解離を促す役割が想定され、電荷移動界面抵抗の低減に寄与していると考えられる。
以上のように、MDMBを電解液成分とすることにより、従来のLiBOB添加剤を用いた正極の安定化手法と比較すると、直接的にCEIにホウ素導入が可能である点において優位性が顕著であり、今後一般化可能な正極安定化プロトコルとしての展開が期待できる。
本成果は、ACS Applied Energy Materials(米国化学会)オンライン版に2025年3月3日(英国時間)に掲載された。
【今後の展開】
本電解液系においてはHFの捕捉、リチウムイオン輸率の向上、界面抵抗の低減、電極反応の活性化エネルギーの低下などの多様なメカニズムにより正極が安定化されている。
今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。
本電解液系と既存の正極安定化剤などとの相乗効果も期待され、更なる研究展開の端緒となると考えられる。
図1 (a) 電解液系110, 111, 112のリチウムイオン輸率 (b) 30-60 ℃ における各系のイオン伝導度の温度依存性(c) 298Kにおける電解質系のモデル(リチウムイオンあり、上段;リチウムイオンなし、下段)
図2 2.8V-4.2 Vにおける各電解液(110,111, 112)を用いた正極型ハーフセル3のサイクリックボルタモグラム (a) 0.1 and (b) 0.2 mV s−1. (c) レート特性の検討結果(d) 異なる電解液系のEa (電荷移動の活性化エネルギー)の比較
図3 各電解液系110系、111系及び112系における長期充放電サイクル特性(正極型ハーフセル、0.5C)
図4 各電解液系111及び112における充放電後の各正極のXPS(B1s)スペクトル
【論文情報】
雑誌名 | ACS Applied Energy Materials |
題目 | A boron-containing ternary electrolyte for excellent Li-ion transference and stabilization of LiNMC based cells |
著者 | Zhaohan Liu, Amarshi Patra and Noriyoshi Matsumi* |
掲載日 | 2025年3月3日 |
DOI | https://doi.org/10.1021/acsaem.4c02806 |
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う二次電池。従来型のニッケル水素型二次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
電気化学分野における汎用的な測定手法である、電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法(サイクリックボルタンメトリー)により、得られるプロファイルのこと。
リチウムイオン二次電池の場合には、正極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和7年3月21日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/03/21-1.html超分子ポリマーの新しい構造解析法の発明

超分子ポリマーの新しい構造解析法の発明
【ポイント】
- 従来不可能であった超分子ポリマーの構造と機能を同時に観察する新たな構造解析法の発明
- 環状分子のシクロデキストリンが包接したポリエチレングリコール鎖の構造解析に成功
- 高速原子間力顕微鏡による超分子ポリマーの両端がエンドキャッピングされた構造の解明
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の堀諒雅大学院生(博士後期課程)、篠原健一准教授は、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いた固液界面における一分子イメージングにより、従来不可能であった超分子1ポリマー2の構造解析に成功しました。この成果は、超分子材料のさらなる機能解明に繋がるものであり、将来の分子マシンの開発に一石投じる発見です。 |
【研究背景と内容】
ポリマー分子の構造解析法は、ポリマー材料のさらなる機能化のため必要な技術です。中でも超分子ポリマーは単一分子内に動きを伴うため、そのダイナミクスを解明することが重要となります。
従来の超分子ポリマーの構造解析には、核磁気共鳴分析(NMR)による分光法や顕微鏡法が主に用いられてきました。しかし、これらの手法では構造あるいは機能のいずれかしか確認できず、それらを同時に観察することは困難でした。特に今回観察した分子ネックレス構造3は水中で不安定であり、さらに溶解性が低いことが問題となり、その詳細な構造と機能を観察することが難しいとされてきました。
今回、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いたことにより、従来不可能であった超分子ポリマーの構造と機能を同時観察する新たな手法を発明することができました。本手法では、1ミリリットル当たり1マイクログラム未満という低濃度の溶液を用いて超分子ポリマーを基板に固定することで、これまでの問題点を解決しました。
具体的には、シクロデキストリンという環状分子がポリエチレングリコールという長鎖分子に包接した、いわゆる分子ネックレス構造を高速AFMを用いて直接観察し、その分子の構造とダイナミクスを確認することに成功しました(図1)。なお、この分子の構造とダイナミクスは、全原子動力学(全原子MD)シミュレーションによって再現され、実験結果とも整合性が確認されています。本研究成果は、超分子材料の構造特性や機能解明に大きく貢献するものであり、特に分子レベルでの精密な構造制御が求められている次世代の分子マシンの開発に一石を投じる発見です。今後、本手法を応用することで、超分子ポリマーの新たな設計の可能性を拓かれることが期待されます。
図 1 高速AFMで観察された分子ネックレスの構造とそのダイナミクス、および全原子MDシミュレーションを用いたダイナミクスの再現。 |
本研究成果は、高分子化学のトップジャーナルであるアメリカ化学会のMacromolecules誌に掲載されました。なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業基盤研究(C)「23K04520」、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム「JPMJSP2102」の支援を受けたものです。
【論文情報】
掲載誌 | Macromolecules |
論文題目 | Direct Observation of "End-Capping Effect" of a PEG@α-CD Polypseudorotaxane in Aqueous Media |
著者 | Ryoga Hori, and Ken-ichi Shinohara |
掲載日 | 2025年3月4日 |
DOI | https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.macromol.4c02491 |
【用語説明】
令和7年3月11日
出典:JAIST プレスリリース https://txj.mg-nb.com/whatsnew/press/2025/03/11-1.html